第4章

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「権田さん。この早川と話してみれば、もしかしたら我が社専属の職人になりたくなるかもしれませんよ?」 綺麗な笑顔でさらりと言ってのける須藤さんに対し、権田さんは上機嫌で笑いながら首を横に振った。 「ダーメ。いくら可愛い坊やでも、元々私にその気がないんだもの。 お金もあるし、家もあるし、弟子もいる。好きな事を好きなだけやって、自由に暮らすのが楽しいの。 会社専属なんて、納期やら展示会やら面倒臭いでしょう?」 珈琲を一口飲み、権田さんは変わらぬ笑顔ではっきりと否定の言葉を口にする。 確かにこれは、難しい。 金銭的にも生活面でも、何もかもが自分の思い通りになっている今、 欲がない限り更に上を目指そうとは中々思わない。 そして、権田さんにはその欲がない。 満足し切っているものだから、俺達の言葉になんて見向きもしないようだ。 長期戦、それもかなりの長期戦が必要になる。 信頼関係を構築し、情が移り、この人の為ならやってもいいと思わせなければ。 そうでないと、多分このタイプはその気にならない。 「やってみないと分かりませんよ、権田さん?あなたの知らない刺激がきっとまだあるはずです。 日常生活へのスパイスは多い方が良い。あなたも私と同じ感覚をお持ちのはずです」 少しの挑発と、同族だという意識を植え付ける。 大抵の人間は、自分に近い性格の人に親しみを覚え易い傾向があるし。 そして権田さんのようなタイプは、挑発されればそれなりに反応を返す事が多い。 権田さんは嬉しそうに微笑みながら、うっとりとした目で須藤さんを見つめる。 「うふふ……だから須藤ちゃん、好きなのよねぇ……」 「ありがとうございます」 まとわり付くような視線の中、爽やかな笑顔で返す須藤さんを、初めてほんの少しだけ尊敬した瞬間だった。
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