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『はいはいっと。早川ちゃん?』
電話越しに聞こえた陽気な声に、俺は一言だけ「うん」と返す。
それだけで何かを感じたのか、児玉は一瞬間を置いてから言葉を吐いた。
『…………酔ってるだろ?』
すごい、児玉。
「愛の力だな、ダーリン」
『はいはいはい、ったく何の用だよ?』
相手をしてくれないダーリンは、おそらくすでに家でくつろいでいるんだろう。
酔っ払いの電話なんて相手にしていられない雰囲気の児玉に、俺は簡潔に言葉を選ぶ事にした。
「ダーリン、すぐに迎えに来て。会社近くの「ショウちゃん屋」にいる」
ショウちゃん屋というのは、ショウさんという店長が営んでいる居酒屋の事だ。
俺も児玉も、一月に二回程利用している。
ついでに言うと、児玉は会社から十五分ほど離れたハイツに住んでいるので、ここからもかなり近い。
来ようと思えば、走って十分程で着く距離だ。
『はあ!?何言ってんの、バカ?女でもないのに迎えに行くわけないだろ』
案の定不機嫌な怒鳴り声が響いて来たが、そこはいつものように無視。
「お前が来てくれないと、マジでやばい。早く来て……来い…………来ねぇと…………てめぇ……」
『怖いからやめなさい』
これ見よがしに大きな溜息が響き、それは児玉が折れた合図でもあった。
『……誰と飲んでんの?』
「須藤さん」
『はあっ!?』
素っ頓狂な声に、思わず携帯を耳から遠く離してしまう。
その拍子で足元がグラ付き、酔いがさっきよりも回って来ている事が自分でも分かった。
『なんで須藤さんとっ?まさか二人でかよ??』
「ご名答~」
『うるせぇわ、この酔っ払い!大方、空気に耐えられなくなって酒ガブ飲みしたんだろ!このバカ!!』
怒る児玉ってのは結構珍しい。
須藤さんの名前が出たものだから、本気でやばいと感じたんだろう。
もし俺が感情のまま須藤さんを殴ったりしたらどうしよう、とかな。
優しいねぇ、児玉くん。
「だから、来いよ。連れて帰って」
『~~~~~~っ信じらんねぇ……この借りは必ず返してもらうからなっ?』
「ん。抱いてやる」
『死ね』
ブツリと電話が切れ、俺はぼーっと携帯を眺めていた。
児玉も意外と、毒吐くよな。
いや、俺がそうさせてしまってるのか?
まぁ。
どっちでも、いっか。
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