Andante - 彼女へのお礼

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 娘同然に面倒を見てきた澪が結婚して、一週間が過ぎた。  悠人はノートパソコンのキーボードを叩いていた手を止めて、眉間を押さえる。仕事のことも、家のことも、澪のことも、ここしばらくは寝る間もないくらいに忙しかったが、それもようやく少し落ち着いてきたところである。ちらりと時計に目を向けると夜の十時をまわっていた。  すっかり冷めたコーヒーを口に運ぶ。  悠人は澪の保護者代わりという立場でありながら、彼女のことが好きだった。結婚したいとも思っていた。彼女の祖父であり悠人が秘書として仕える橘財閥会長も、悠人と澪の結婚を望んでくれていた。だが、彼女が選んだのは別の男だったのだ。  ありていに言えば失恋だ。彼女の年齢と自分の立場を気にして高校卒業まで待とうと思っていたのだが、その間に知らない男に持って行かれてしまった感じである。いくら後悔してもしたりない。今も完全にはふっきれていないものの、保護者として末永い幸せを願う気持ちも嘘ではない。彼女は高校卒業までこの屋敷にいることになっているので、あと一年弱ほど、悔いのないよう保護者としての役割を全うしようと考えている。  澪は結婚前、十七年ものあいだ父親だと思っていた人に乱暴されるという残酷な目に遭った。発見したときの衝撃的な光景はいまでも脳裏に強く焼き付いている。その乱暴していた男というのが自分の親友なのだからなおさらだ。それでも澪本人の受けた衝撃とは比べものにならないだろう。  そのとき、日比野涼風という女性に澪のことを頼んだ。さほど親しいわけではないが、ほかに女性の知人がいないので選択の余地はなかった。ただ、澪とも顔見知りなのでちょうどよかったのかもしれない。何があったのかまでは話せなかったが、それでも彼女は二つ返事で引き受けてくれた。澪の避難先まで衣服を見繕って届けたり、ケーキ持参で様子を見に行ったり、話し相手にもなってくれていたようだ。
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