第二章 思い通りにいかないのが世の中なんて思いたくないけど

3/17
前へ
/17ページ
次へ
それに、他人の眼も嫌いだった。健治にとっての他人とは、何を考えているのか、どんなルールで動いているのか良く分からない生き物なのだ。 言ってみれば何が起きるか予想もつかない世界で歩いているようなものである。だから極力安全に過ごせるように溶け込んで生きなければならない。 髪型や髭などの身だしなみ、どんな服装で街に出るか、エスカレーターでどちらに並ぶか、電車内のどこに位置取るか。人の反感を買わないためにはどう振る舞うべきか。 平日でなくわざわざ休日に出てきたのも、近所の人間から「こいつ、仕事はどうしたんだ?」という目で見られるのを避けるためである。 健治は他人の中に溶け込むことに関してそれなりにうまくやる自信があったが、そうしているとじわじわと自分の中にストレスが蓄積されていくのだ。家の中で過ごしているのに比べ、心が休まる暇がないのだ。 そんなわけで、街中に出てくるという行為は健治にとって二重の苦痛であったのである。 それでも、今日は通販で買おうとして気になった品があったので仕方なく出てきたのだ。モノはPCゲームに使うキーボードだった。 たかがキーボードと思うなかれ、PCゲームにおいては殆どすべての動作にショートカット・キー(特定の操作をキー入力の組み合わせにより一発でできるようになっていること)が割り当てられており、これを駆使する事でプレイの効率化が図れるのだ。一般的なキーボードが文字を打つのに最適な形になっているのに対し、ゲーム用のそれはショートカット・キーを入力するのに最適化されているのである。 健治が現在使っているキーボードは、一般的な(文字入力用の)ものであった。これはこれで手には馴染んでいるものの、数回に1回は打ち間違いを生じるショートカット・キーがある。 下手をすればこれが勝敗に直結するかもしれない、そんな思いから前々から購入を考えていたのである。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加