第二章 思い通りにいかないのが世の中なんて思いたくないけど

4/17
前へ
/17ページ
次へ
ネット上の評判が良ければ実物を見ずに購入する事も多いのだが、ネット上の評価は「人を選ぶ」。要するに触ってみなければ分からないというものだった。 だから今日の目的はそのキーボードが実際に触れる店への往訪だった。今から行こうとしている店でデモをやっていることは事前にネットで調査済みだ。 ―出来が良ければ、その場で通販の注文を入れてしまおう。 健治はそう思っていた。所謂ショールーミング、というパターンである。 もちろん店で買った方が安いのなら店で買うが、おそらく通販の方が安いだろうと思った。なんせ販売規模が違うのだ。同じだけの人件費をかけて、売れる個数が何百倍、何千倍と違ってくるのだ。それだけじゃない、店舗ももたなくていいし、在庫を郊外に置けるので倉庫代も安い。在庫を切らして販売機会を逃すことも少ない。 こうやって世の中は大資本に飲み込まれていくんだろうな、と思った。最終的には今日行こうとしているような店も廃れてしまうのだろうか。 でも、それも仕方ないのかもしれない。だってそれが資本主義というものだから。どんなに頑張ったところで、勝てなければ滅びるしかないのだ。頑張ったから助けてくれ、なんて言って許されるのは小学生までさ。 ―でもそうすると、今日みたいに触りに行くこともできなくなるな。ちょっとくらい高い程度なら店で買うことも考えるか? そんな事を考えながら、駅から電気街へ続く道を歩いていた最中の声掛けである。思考を中断された事への苛立ちと共に、健治は声をかけられた理由を考える。 声の主は女性だった。健治が街中で女性に声をかけられるなんてそうそうある事ではない。というか殆どない。 ここ数年で何度か声をかけられたが、ことごとく勧誘、キャッチセールスの類だった。今回もその類だろうか。 「やっぱり大沼君だ。久しぶり、最近どうしてるの?」 いや、とその思考を打ち消す。相手は俺を知っている。 ―どうやって俺の名前を?まさか以前のキャッチセールスの奴か?
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加