第二章 思い通りにいかないのが世の中なんて思いたくないけど

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健治はちょっとした心当たりがあった。去年このあたりに来た時に「簡単なアンケートを」と話しかけられ、まんまと名前や携帯番号を聞き出されたことがあったのだ。 相手は大学生くらいの女の子だった。親しげに話しかけられ、たまたま気分が良かったこともありホイホイと答えてしまった。それがまずかった。 案の定、次の日から毎日のように電話がかかって来て「もう一度会えないか」と言ってきた。 言われる通り出かけて行ってみれば、何かしらの商品を進められるか、団体への入会を勧誘するか、とにかく何か面倒な事が起こるのに違いない。実際に会いには行かなかったが、健治はそう確信していた。自分のような人間に誰かが声をかけてくるなんて何か下心があるに違いないのだ。健治は電話をことごとく無視し、最後には着信拒否にしてようやく平穏を取り戻した。 あの時のキャッチセールスの奴が、また自分を街中で見つけて声をかけてきたのだろうか。なんてしつこい奴だ、こうなったら― ―と、ようやく相手の顔をまともに見て、そこで思い当たる。 「えーと、中野さん?」 「そう、久しぶりだねー。」 それでようやく気付く。大学時代の同期である中野亜紀だ。同窓会などというものに参加しない健治にとっては、大学卒業以来なのでほぼ10年ぶりか。相手のフルネームを即座に思い出せたことが自身でも意外だった。 「うん、久しぶり。凄い偶然だね。」 心の中で驚きを感じながらも、健治は決して大げさに驚くようなことはしなかった。軽く目を見開いて「自分もびっくりしたよ」という表情を作るのみだ。 長年培ってきた、当たり障りのない表情のなかの一つ。頬を緩め微かに口角を上げる。 必要以上に親密さを感じさせることも、疎遠さを感じさせることもない、そんな表情。鏡の前で練習し、いつでも表情は作れるようになっている。 踏み込み過ぎないよう、かといって遠くなりすぎないように相手との距離を保つ。それは健治が幼いころから身に着けてきた人付き合いの習慣の一つだった。
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