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2.前日
「タカシマです。山がつく方の」
大学の事務室に行ったら、顔は知ってるが名前があやふやな職員が対応してくれた。もう一人、高島という助教授がいるのだ。
「ああ、高嶋先生。」
他の事務職員もこちらを向き、さざ波のように笑いが生まれた。
「すいません、ここでは、高嶋先生は『綺麗な奥様がいらっしゃるほう』って言ってるもので。高島先生には内緒ですけど」
確か、高島先生は独身だった筈だ。随分と年上なのだが。
「あ、それは……」
どうも、とか、いやあ、とか、なんといってその場を離れたのかわからない。
不意に妻を褒められてしどろもどろになるなんて、馬鹿だと思われたんじゃないだろうか。
お礼を言うのもおかしい気がした。嫁バカだと思われるかもしれない。
否定するのは?
『いや、化粧したら化けますが家ではひどいもんですよ』
それもまずい。女性全般を敵に回しかねない。
『ありがとうございます。妻に伝えますね』
これだ。
社交辞令として受け流せば良かったんだ。
本気にして顔を赤くして、三十過ぎてこうだとは自分の社会性に自信が無くなる。
中庭の自販機で缶コーヒーを買ってベンチに掛ける。
正門からのポプラ並木が校舎越しに見える。
そうか、学祭の時に見たんだな。
正門で待つ妻を迎えに行った。
シンプルな白のワンピースに紺色のニットカーディガン。
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