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あの瞬間を、一度たりとも忘れたことはない。
「殺れ」
言葉が発せられた一秒後。
塞がれた口から声にならない声を漏らし、男は熟れた果実が弾ける様に血を撒き散らしながら、床に崩れ落ちた。
骨を砕く鈍い手応えは、身体中にたぎる熱と共にまだ拳の中に残っている。
後ろから無機質な声が聞こえ、細い指が肩に掛かる。
「データを破壊しろ」
腕時計のタイマーでカウントダウンを開始する。
ハードディスクや予備データ。引き出しの中のUSBメモリを次々に外に放り出してハンマーで叩き潰す。
デスクに立て掛けられた一枚の写真が目に留まり、手に取った。
ごくありふれた幸せそうな家族のワンカット。床に転がる無残な肉塊と成り果てた男は、写真の中央で微笑みを湛えている。
――人を、殺した。
アラームがチチチッと小さな音を立てる。
書類の束と共に写真に火を放ち、手近な椅子で窓ガラスを叩き割る。
耳をつんざくような爆発音と共に外に飛び出した瞬間、建物は轟々と烈火に包まれた。
衝撃に霞む意識の中で、温かい手が頬に触れた。
七年前。
サンディエゴで起きた凄惨な事件は、時の流れと共に人々の記憶から忘れ去られても、この頭から消し去ることは出来なかった。
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