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こんな、雑然とした
和食レストランとは名ばかりの所謂、定食屋で
志伸さんは、あたしを真っ直ぐに捉えている。
「オレはあゆみの事は好きだが、
愛している女性(ヒト)は別にいる」
ガヤガヤとした周りの喧騒がピタリと止んで
今、咀嚼して嚥下しようとした
饂飩の破片が
急に無味なカタマリになった気がして
まだ、口の中でモゴモゴと転がさざるを得ない。
すっかり
バリトンに定着してしまった志伸さんの音は
なだらかに紡がれていく。
「華、水、飲めよ」
ス、とコップが目の前に出されて
あたしはそれを受け取って
半分くらいを飲み干した。
ドロドロのカタマリが
冷たい水に押されて、胃の中へゴロン、と落ちてゆく。
「結婚したら、オレの方からはどんな事があっても別れないと思う」
志伸さんの完璧な箸捌きによって
骨から剥がされた身が
摘まみ上げられる。
食事をするのと
女を抱くのは、同じだと
志伸さんがよくそう言っていたのを
思い出す。
なにも食べずに生きていく事は動物にとっては難しい。
彼にとっては食事もセックスも毎日の事なんだと、あの時思っていたっけ。
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