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「あ、あたし、違うよ」
「おにいちゃん、あゆみさんじゃ、ない、よっ」
彼の腕は
あたしへの束縛を少しだけ強め
身体を捩る隙を与えない。
「……み、……んー、寝かせて……」
「おに、…い…ちゃん」
涙が
溢れてくるのは
悲しくて、苦しいから。
変わらない呼吸で
あたしを腕に包む志伸さんは
あたしをあゆみさんだと思っている。
‘あゆ、み’
さっきまできっと彼女をこの腕に抱き
名を呼び
そして
彼女もこの腕に甘えた筈で
苦しいのは、なんでだ。
……おにいちゃん、あたし
あゆみさんじゃ、ないよ。
どれくらいの時間、意識があったのかは、分からない。
こんな、辛い時でも人間って眠れるんだな。
あたしが確実に眠りの淵に足を踏み入れた頃
それは、囁かれる。
「愛してる
……華」
届く事のない、囁き。
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