1 White Lily

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 一息ついたのも束の間、白装束の片割れが大声で発見を告げる。ウィスタリアの身体に冷汗が伝った。  しかしルートを読まれていたのか。目の前に口元を不気味に歪ませた、もう片方が現れた。    挟み撃ち、というやつだ。まさに絶体絶命である。 「ちっ……」 「さあ観念しろ、ウィスタリア・ジークフリート。貴様が『アタラクシア』に入信すれば、すべて片がつくのだ」  アタラクシア。家におしかけられたときもそう名乗っていた。  理想郷の建設を目的とした新興宗教だ。数年前から急に名前を聞くようになったと記憶している。  団体名でもあるアタラクシアとは、遥か昔、ある思想家がかかげた快楽主義の理想の境地を意味する言葉だ。そう、聞いたことがある。  ア・タラクシア、すなわち「煩悩のない状態」。  苦痛の一切を取り除き、快楽だけを追い求める。    その集団が理想郷建設のため、多くの国民を入信させ建設要員としてこき使っている、という噂は農村にも届いていた。  しかし、なぜウィスタリアひとりだけだったのか。要求されたのは、彼だけだったようだ。 「なんだよ……じゃあせめてなんで俺なのか教えてくれよ」 「ふっ、いいだろう。寛大な心に感謝せよ」  ばかばかしいくらい大仰に言う白装束に、ウィスタリアは内心呆れていた。しかし口に出せば気を害しかねないので、あえて心の中に留めておく。
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