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―お隣の菅さん。
それは、半年前に越してきた新婚夫婦だ。
でもごく最近離婚して、ご主人だった男性は家を出て行ってしまった。
離婚した理由は……。
「あ、里子、悠一くん、お帰りー! 早く上がってこっちにいらっしゃーい!」
リビングから顔を覗かせた母の声に、私はハッと我に返った。
そうだ、今は余計なことを考えている場合じゃない。
私には大切な大切なお客様がいるんだった。
「どうぞ」
なんとなく照れながらスリッパを促すと、黒川くんはいつものように丁寧に靴を並べて上がった。
菅さんの靴との距離は、すぐ隣でもなく、はるか遠くでもなく。
この辺りにも、ちょっとした彼の気遣いを感じるのは、なぜだろう。
私が前を歩くから、黒川くんの様子は分からない。
どうか、どうか良い印象を持ってくれますように。
「あ! 悠一くんいらっしゃい! 初めまして、里子の母でーす! いやーん、里子が虜になるわけよー!」
……。
やめてお母さん。
満面の笑みでリビングの床から腰を上げた母は、ササッと私達に近寄って、それからソファを振り返った。
私もつられてソファを見ると、中腰の菅さんと目が合った。
「こんにちは、菅さん」
慌てて挨拶する。
すると菅さんも、中腰から明確に立ち上がって頭を下げてくれた。
「菅さーん、こちら、里子の彼氏の黒川悠一くん。里子ったら、部屋中のモノ全てに『悠一くん』って名前つけてるくらいゾッコンラブなのー」
「お母さん!」
「だって本当じゃない」
「……」
まあ、本当だけどさ……。
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