161人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごめんね里子ちゃん。大事な時にお邪魔しちゃって。もう帰るからね」
「いっ、いえ、そんな」
母の暴露話に頬を緩める菅さんに、両手を盛大に振って見せる。
「じゃあ三笠さん、宜しくお願いします」
「任せておいてー!」
景気よくガッツポーズした母を見て、菅さんは安堵したように笑った。
そしてもう一度、今度は黒川くんも含めた私達に、深々会釈してリビングをあとにした。
初めて挨拶に来た時の印象のままの、控えめで大人しい彼女の笑顔だった。
「……あの。菅さんは、どうしたの?」
「それよりあんたは悠一くんでしょ!」
「そうだけど、気になる」
「あーん、それにしても悠一くん! 2年待ったわよ! あなたに会えるの本当に楽しみにしてたの!」
あーん、って、お母さん崩壊してる。
「もっと早くに遊びに来ればよかったですね。すみませんでした」
驚くべきことに、そう言って軽く頭を下げる黒川くんは、はにかむような優しい表情を浮かべている。
す、すごい。黒川くんでも、『彼女』の母親の前では多少自分を偽るんだわ……。
よそ行きよ、よそ行き。声色までいつもと違う!
などと失礼な感想を抱きながら、早く居場所を作ってあげたくて、ソファまで腕を引いた。
我が家では、壁際に三人掛のソファを配置し、その前に木製のテーブルを置いている。
普段は父と私がソファを使い、母はお気に入りの丸いクッションを携えて、床の様々な位置で寛ぐ。
私に誘導された黒川くんは、素直にソファに座った。
私はその向かいの位置の床に正座して、後から入ってきた父にソファを譲った。
「いやー、黒川くん。きみ、芸術的な顔とスタイルの持ち主だね」
ソファに座るなりの父の言葉に、ぶっと息が漏れてしまう。
これをきっかけに両親からの感嘆攻撃が始まり、応対に困った黒川くんは、始終「いえ」と「滅相もない」を繰り返していた。
最初のコメントを投稿しよう!