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黒川くんの家庭の事情は、以前から私が話してあった。
だからなのか、敢えて両親がその辺りを啄むことはなかった。
きっと2人の中では、『来るべき時に』という思いがあるに違いない。
私にだって、まだ未来は分からないんだもの、悲しいことに。
それから、他愛もない会話で盛り上がった後、母が提案した。
「さ、悠一くん。そろそろ里子の部屋を見てやって。あなたの名前がついたモノがそこかしこに転がってるわよ」
「それは、ホラーですね」
あ、これは本音だわね。
ムッとふくれつつ、ソファから腰を上げた黒川くんの側に駆け寄る。
改めて母の方を振り返った時、私は初めて気が付いた。
「……あ、あれ……?」
リビングの片隅に置かれた、ベージュ色の物体。
あれは確か、つい最近までよく目にしていた物。
名前はどことなく、私の大好きなお菓子みたいな……。
「……ベビークーハン……」
そうだ。
加奈子さんがよくあれに赤ちゃんを寝かせて、うちに連れて来ていたから。
バームクーヘンみたいな名前だと私が笑うと、『いやしい奴』だと兄が呆れていた。
でもなんで今、それがここに?
「……お母さん、あのクーハンは……」
「ああ、あれ?」
母は真顔で立ち上がった。
そして真っ直ぐクーハンに向かう。
さっと膝を折り曲げて傍らに屈むと、
「菅さんの赤ちゃん」
そう言って、今度は笑った。
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