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菅さんの、赤ちゃん?
「お、お母さん……。それってどういう意味……?」
私の雰囲気に、黒川くんは何かを察知したらしい。
足が止まって、完全にリビングにとどまる体勢になった。
申し訳ないと思った。
今、なにも今拘らなくてもいいのにと、自分でも分かっていた。
でも。
「だって菅さんは……」
菅さんの赤ちゃんは。
半年前、この街の我が家の隣に越してきた菅さんは、その胸に生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、ここへ挨拶に来た。
優しそうな、眼鏡をかけた旦那さんと一緒に。
ところがその数日後のこと。
連日の夜泣きで寝不足が続いていた菅さんは、朦朧とした意識の中で、お風呂を沸かした。
最初にお湯を全開で出して、その後水で湯加減を調節して、満水にする。
でも、その日は水を出すのを忘れていた。
そして、水を出すのを忘れていた事に、気付かなかった。
まだ一月にも満たない赤ちゃんを抱いたまま、菅さんはお風呂に入った。
浴槽から桶でお湯をくみ、自分と、そして赤ちゃんに掛けた。
熱湯だったという。
慌てた菅さんは取り乱し、足を滑らせた。
抱いていた赤ちゃんを、湯船に落としてしまった。
熱湯の中に。
赤ちゃんは亡くなった。
「こっちに来て見てごらん」
母に言われて、私は走ってクーハンに駆け寄った。
母の隣に膝をつき、クーハンを覗き込んでぎょっとした。
「これって……」
「そう。お人形よ」
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