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これは知らない事実だった。
菅さん夫妻が大恋愛の末に結ばれた。
旦那さんが菅さんを守っていた。
旦那さんは離婚を拒否していた。
でも実際は、家を出て行ってしまっている。
その理由なら、私も知っている。
「いくら旦那さんが優しくても、どれだけ愛してくれていても、風が止まなきゃ、それ以上の回復は無理なのよね」
菅さんの精神の中枢を締めていたネジは、事故でガクンと弛んだ。
強風に煽られる度に、ネジは徐々に弛んでいった。
突然ではなかったんだ。
菅さんの中ではゆっくりゆっくり進行していた。
ゆっくりゆっくり、ネジは逆回転していた。
「そんなある日。菅さんが壊れてしまったの」
「壊れる」と、母の言葉の後に黒川くんはハッキリ繰り返した。
訊ねる訳でもなく、驚愕するでもなく。
まるで書かれた文字をなぞるように、繰り返した。
「そう。言動がおかしくなってしまったの。まずは、赤ちゃんの名前を呼びながらお腹を撫で始めた」
一番驚いたのは旦那さんだった。
亡くなった赤ちゃんの名前だったから。
「ほらあなた、今お腹を蹴ったわ。とっても元気な子よ。生まれてくるのが楽しみだわ」
本当に嬉しそうにお腹を撫でる菅さんを、旦那さんは見ていられなくなった。
菅さんのネジは、完全に抜け落ちてしまったんだ。
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