第3リハビリ

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  「生憎あんたが危惧するような事はこの家では起きない。心配するな」 「……」 ガラステーブルに放置されたスマホが、「もう僕の紹介は終ったのですか?」と不満ぎみに自己主張している。 しかし持ち主の橘は既に、床のあちこちに転がっている黒川のレポートを手にしては、感嘆したり頭を捻ったり忙しい。 伸ちゃんは姫と一緒に『あと一品足りない時のおかず』なる本を真剣に睨んでいる。 そして黒川は、この俺を宥めているってわけだ。 「よく分かったなコノヤロー。確かにあのコラムは、俺が手伝ったもんだ」 「遠丸という人は、本来ああいう文体で書くのか?」 「まあ、俺を目指して入社したっていう変わり者だから、似せようとしてるんだろうな。何も得することはないというのに」 「なるほど、真似ているのか。どうりで」 「そこまでかぁ?」 俺にはあまり分からないが。 似ているとは思っていたが、今回のコラムに関しては、俺のアドバイスが影響している程度だと。 「しかしよ、文体だけで分かるなんてすげーなお前は」 「分かるさ。あんたのルポとコラムは過去のもの全てを読み漁った。A新聞はもとより、週刊誌の片隅に載った初期の記事も」 「うげっ!!」 「興味があるものには、俺はとことんはまるんだ」 「……」 やばーい、やばいぞ。 ゆるゆるゆるっと、俺の頬は見苦しいほど弛む。 こいつは無意識なのかもしれないが、時折激しく甘い息を吐き出すことがある。 その甘さは極上で、浴びれば全身がどろどろに溶けるほど。 「ま、内容さえ盗んでいなければ、後は自由だろう。せいぜい遠丸さんにコピーされないよう、あんたも進化するんだな」 「まかせとけっ」 にんまり笑って親指を立てておいた。 俺の名前は水野篤志。 とある新聞社のルポライターだ。 俺には歳の離れた親友がいる。 歴史は浅いがそんなものは関係ない。 親友は時に俺を戒め、時に俺を鼓舞し、時に俺を甘やかす。 この先、親友以上の親友が現れるかどうか。俺には見当もつかないが。 今が幸せなら、それでいい。 ー完ー
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