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◇◇◇◇◇
「お手上げだな」
黒川悠一は、ソファーに落ちると同時に手持ちの書物を投げ出した。
ガツンとガラステーブルの上に落下した数冊の書物は、角が微かにずれただけで、悠一の手の中にあった時のまま、重なった状態を維持した。
もっとも、彼の口からそう聞いて、本当に『お手上げ』なのだろうと思う者はいない。
何かに書かれたその文字を、「読みなさいと言われたので読みました」という程度の棒読みだ。
だから彼の友人、橘勇也は、最初は笑い飛ばした。
「なーにー? 今度は一体どんな名誉を与えられたわけ? 理事長室に呼ばれるなんて、もしかして次期理事長とか」
「俺が呼ばれたのは理事長室じゃない。そもそもW大には理事長がいない」
「え? そうなの? だって理事は何人かいるでしょ? 彼らの長は何者? 学長?」
「学長もいない」
「えー、ならお前どっから呼び出し食らったの?」
「総長室だ」
「大隈重信に呼ばれたのっ?!」
「彼はもうこの世にいない」
冗談にも生真面目に返す悠一に、勇也は一瞬苦笑めいた表情を浮かべるが。
深めにからかう以前に、まずは興味が勝った。
「総長って、だってそれ、正真正銘大学のトップでしょ? いくらお前が凄いったってさ、なんか胡散臭くない?」
「俺が会ったのが誰か聞けば、臭さは倍増するぞ」
「……やーな予感……」
座椅子に胡座をかいていた勇也は、さっと両膝を立てて両腕で抱え込む。
極寒の地で凍える犬のようにわざと全身を震わせてから、これまた犬が主人の機嫌を窺うように上目使いで悠一を見た。
「お孫さん?」
「いや、お息子さん」
「ひえーーーーーーー……」
更なる悪寒が勇也を襲った。
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