第4リハビリ 【黒川悠一、人生初、誰かに敗ける日?】

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    始まりは一通のメールからだった。 2時間目の講義を終えて、悠一は足早に食堂へ向かっていた。 言語学を専門的に学んでいる彼は、学部必須科目以外は仲間と講義が重ならない。 木曜日の昼休みの集合場所は、ショッキングピンクの食堂なのだ。 2号館から食堂までの銀杏並木は、行 き交う学生でごった返す。 立ち止まってたむろする厄介な障害物をかわしながら、優雅な歩調で風を切る。 その時。 普段は滅多に鳴らない携帯が、ショルダーバッグのサイドポケットで派手に振るえた。 彼女の三笠里子からか、弟の伸一からか、友人の勇也からか。 或いはゼミの教授か、新聞社の親しい『大人』。 予想はその数点に絞られるほど、悠一のメールアドレスを知る者はこの世にいない。 教えてくれと頼まれれば、断る理由はないにしろ。 自らがすすんで教える場合は、余程のコネが必要な時だ。 サイドポケットから携帯を抜いて、歩きながら画面を見た。 悠一は、自分の予想が外れていたことにすぐ気が付いた。 名前の表示がない、受信先のアドレス。 アルファベットと数字が複雑に絡み合っている。 不審に思いながらも内容を開くと、短い文が無愛想に悠一を出迎えた。 【黒川悠一の不正を暴く】 なんだ藪から棒に。 最近はこんなイタズラメールが流行っているのか。 気にせず視線を離した矢先に、再び右手に振動が伝わる。 悠一はその場に立ち止まった。 【図書館の不正】 なるほど、と悠一は眉をしかめる。 確かにあれは大きな不正だ。 自分だけに当てはまる不正だ。 このメールがこれで終わらないことを、本能が察知した。 すぐに3通目が届いた。 【ゼミ教授室の鍵の不正】 携帯から顔を上げて、銀杏並木のベンチに腰を下ろした。 恐らく自分は今どこかから見られている。 このメールの送信者に。 これも本能が確信した。 嫌な予感がする。 そう、これも、本能だ。
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