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悠一の目の前に現れたのは、この部屋に最も似つかわしくない風貌の男だった。
頭の先から足の先まで「遠慮させていただきます」と目を背けたくなる、悠一が苦手とする人種だ。
いや、髪型や髪色、服装や装飾品、ピエロが愛用するような先の尖った革靴、そんなものは人格に直結しない。
そのことを悠一は改めて痛感していた。
受付の案内によって通された総長室は、悠一がこれまで見てきた中でも群を抜いて威厳に満ちていた。
さぞかし立派な権力者が、あの窓際のチェアに腰を埋めるのだろう。
背後には、床から天井までガラス張りの窓。
方角的に夕日が美しいに違いない。
ひとり残された悠一は、立ったままメールの送り主を待った。
勧められたソファには、座る気がしなかった。
総長室を公に使用出来る人間は限られている。
当人か、直属の部下か、或いは身内。
『黒川悠一の不正』を暴露する先が、この部屋の主だと考えれば。
恐らく身内が妥当だろう。
あれこれ考えを巡らせていたその時。
何の前触れもなく開いた扉が、若い男を披露した。
およそ威厳に程遠い、過度に粘着性を備えた目。
正直なところ、その目を見ただけで「ではさようなら」と踵を返したかった。
「案外あっさり降伏したじゃん、黒川悠一くん」
第一声に背筋が波打った。
声も合わない。
何がどうかは具体的に解説不能だが、大蛇のようなねっとりした目と、得たいの知れない部位から発せられた甲高い声に、悠一の背中は総毛立った。
悠一はこれまで数え切れない敵と闘ってきた。
敵とは主観に過ぎないが、少なくとも道義上優位に立っている自信はあった。
物理的にぶつかってくる敵に対して、深い心理は必要ない。
そして相手も、悠一を倒すことが目的だった。
ただそれだけだった。
しかし目の前の男は。
「メールの意味、理解してくれた?」
悠一を、利用しようとしている。
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