161人が本棚に入れています
本棚に追加
黒川くんを背後にして、ドアノブに手を伸ばした。
なぜだか直立してしまう。
ああ、人を自宅に招くって、こんなに緊張するものだったか。
『彼女』である私を、毎回平然と家に招き入れてくれる黒川くんは、いつもどんな気持ちなんだろう。
色々な意味で、何もやましいことがないから、いつ訪ねても受け入れてくれているに違いない。
なにはともあれ、勢いよくドアを引き開けて、
「ただい……」
玄関に入ってすぐに、違和感がした。
「……ま」
オレンジ色と白の薔薇はよし。
香りもよし。
でも。
「どうした?」
前に進まない私に、後ろから怪訝に訊ねる黒川くんに、「なんでも」と答えつつ動揺は隠せない。
靴がある。
一足きれいに揃えた靴が、方向も正しく並んでいる。
小さく華奢な靴だ。
女性で、しかも若い。
明らかに、母のものではない。
今日という日を一番楽しみにしていたのは、誰あろう母だ。
だから、来客があるはずはない。
そう考えれば、この靴の持ち主は、想定外のお客さまなのだろう。
気を取り直して、黒川くんを中に招いた。
「ただいまー」
もう一度声を掛けると、奥から父が走ってきた。
まるで私の動揺を鏡に映したような顔をして。
「こ、ここっこんにちは、黒川くん! 初めまして、里子の父です!」
「こんにちは、黒川悠一と申します。今日はお邪魔致します」
無難な挨拶を終えた父は、あわあわと私に向き直り、小声で告げる。
「今な、お隣の菅さんが来てる」
「……え?」
最初のコメントを投稿しよう!