枯れた華

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あの師長の愚痴に捕まったら、朝になっちゃうよ。 苦笑いを浮かべながら視線を落とすと、腕時計は6時を指していた。 やばいっ、遅刻しちゃう!今日は特別な日なのに。 眉間にシワを寄せ、医局の更衣室へと向かう足どりを速める。 急いで飛び込んだ更衣室に人の気配を感じる。 気配のする先に視線を向けると、ロッカーの扉に貼り付けられた、小さな鏡に向かってルージュのラインを引く女性の後ろ姿があった。 「美しいお姉様、念入りにメイクして何処にお出掛け?」 私はそーっと女性の背後に回り、ニヤケ顔で突然声を掛けた。 「うわっ!…なんだぁ~、亜紀かぁ~。もう!驚かさないでよ。危うく耳まで口が広がるトコだった」 友人は目を丸くして振り返った後、再び鏡に視線を戻し、少しはみ出したルージュを指で拭き取った。 鏡越しに膨れっ面を見せるこの女性。 名前は、相川 麗香(アイカワ レイカ) 34歳。 6年前にできちゃった結婚をし、現在は旦那の実家で両親と同居中。 同じく専門、循環器内科。 大学時代からの友人である。 「亜紀にしては珍しく早く帰るんだね。いつも7時過ぎまで仕事してるのに」 麗香は口紅をポーチに入れ、次にマスカラを取り出す。 「うん、今日は出掛ける用事があって。麗香こそいつもながらに早いお帰りで」 「失礼な。いつもながらに要領が良いって言って頂戴。それに私、今日は直明けだから早く帰って良いんだも~ん」 麗香は鏡を覗き込み、長いまつ毛にマスカラを塗り重ねる。
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