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遠くでクラクションが鳴るように、人のざわめきと精密機械のアラーム音がくぐもって耳に届く。
鼻を突くのは消毒薬の不快な臭い。
ERの扉を前にして向かい合う麗香と私は、重々しく漂う緊迫感の中で苦い唾液を飲み込んだ。
「心臓外科と消化器外科?直江先生が肝臓の処置に悪戦苦闘を……」
凍て付くような沈黙を打ち破った私は、語尾を彷徨わせ顔をしかめる。
やはり、全身強打による内臓損傷が激しいんだ。
血液の循環中枢である心臓は勿論のこと、肝臓は血液が豊富に存在する臓器。太くて壁の薄い門脈が裂けた場合の大出血は特に止血が困難で、致命傷となり得る。
悪戦苦闘と言うことは肝動脈よりも寧ろ門脈。また、その周辺の肝組織が著しくダメージを受けていると言う事なのだろうか……。
同時に手を付けている心臓に関しては、受傷状況からしておそらく心臓外傷が原因の心タンポナーデ。
心膜腔に貯留した血液を抜き、心臓の圧迫を速やかに解除しなければショック状態から死に至る。
門脈断裂と心タンポナーデか……
麗香から送られてきた『ヤバイ』の文字が、震えと同様に私の頭の中にも過った。その瞬間―――
麗香が一度も口にしていない重要な存在が、職業病とも言える冷静な思考を遮った。
「子供は!お腹の中の子供はどうなったの!?」
大きく目を見開いた私は顔面を蒼白させて、親友に詰め寄る勢いで声を張り上げた。
不意に脳内のスクリーンに映し出されたのは胎児の無惨な死。
胎児を失った過去の記憶まで引き摺り出され、表情が悲嘆で染まっていくのが自分でも分かる。
「……いないのよ」
「えっ……いないって……」
「彼女のお腹に子供はいない。搬送されて直ぐに悠希がエコーで確かめたの」
麗香はポケットに入れていた手を抜いて胸の前で組ませると、目を細くして声を潜ませる。
「確かめたって……そんな筈はないわ!彼女のお腹には4ヶ月になる子供がいるのよ?直江先生がいい加減な事をっ」
「悠希からその話を聞いて、私もエコーで確かめた」
「……」
「どんなに探しても、胎児の頭部と脊椎は映って無かった。見えたのは、内臓損傷による大量の血液だけよ。……彼女は、妊娠していない」
私に近づきながら慎重に声を落としていく麗香。
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