消えた真実

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「亜紀!もしかして、もしかするかも知れない!」 続いたのは同じく脈絡のない言葉。麗香は目を白黒させる私を見て、たたみかける様に声を跳ね上げた。 「願わくば自分の手で首を絞めたい人間の執刀医を、人を押し退けてまで志願する目的はなに?」 首を絞めたい人間の……殺したい人間の執刀医に志願を…… 「……ま、まさか。術中死を狙って!?」 「そうよ!他のドクターに渡してしまったら、瀕死の状態であっても命が助かるかも知れない。本当に自殺未遂だとしたら、彼にとっては幸運が舞い込んだ事になる。だから、他の医師の手によって助けられたら困るのよ!」 それが本当の目的なら――今、遼は外科医として助けるためでは無く、殺めるためにメスを握って…… 鈍器で頭を殴られた様な衝撃が走る。 恐怖で震える体は総毛立ち、瞬きを忘れた瞼がピクリと僅かに引き攣れた。 オペで人の命を救うのは難しくても、命を奪おうと思えば簡単な事。 掛けるべき糸を一本、故意に掛けなければいい。決して切断してはならない血管に、ハサミを入れてしまえばいい。 更に言うなら、糸の掛け方一つで、術後の急変を狙う事だって出来る。時間の経過で糸が解れる様に縛り方を調節すれば、縫合不全によって腹腔内で大出血が起きる。 オペ台の上で胸部から下腹部まで切り開かれた彼女は、まさに『まな板の鯉』。執刀医の指先の動き一つで、生死が操られる。 「遼……だからERに駆け込んでオペに……」 仮説を言葉にしてしまうのが怖い。強張る唇に手を当てて、落ちそうになった声を慌てて押し込んだ。 「――亜紀。楓の家族の情報は何か知ってるの?」 「……家族?」 「オペ室に搬送する直前に、彼女と同期のナースが来たの。こんな時なのに、家族とは連絡がつかないって……亜紀、楓から何か聞いてない?」 眉根を寄せる私に目を向けたまま、麗香が短いため息をついた。
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