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楓の家族―――
実の兄との近親相姦が原因で崩壊した家族。彼女の気質を作り上げた狂逸な過去。
容易に流布する事など出来ない話を思い出し、顔をしかめて唇を戸惑わせる。
「亜紀?」
「……両親は離婚をしたって聞いてる。楓ちゃん本人の口からは、家族の話を一度も聞いた事がない」―――近親相姦の末、兄は罪を分け合った妹を一人残し自宅で首つり自殺。
「もしかしたら、完全に親子の縁が切れて音信不通なのかも知れない……」
床に視線を落としたままの私は、意味有り気な言葉を続けて口を結ぶ。
「完全に親子の縁が切れて音信不通って……どうしてそう思うの?今『楓本人の口からは』って言ったけど、離婚の事は誰から聞いたの?」
難しい顔をする私が思わず溢した言葉を拾って、麗香が小首を傾ける。
「……遼から。離婚届を渡した夜に」
「そう……、宮坂先輩が楓の家庭環境を把握してる訳だ。要するに、何らかの複雑な事情があって、家族とは疎遠になってるって事ね」
洞察力が鋭い麗香の事。それ以上を追及せずにサラリと受け流したのは、きっと私の表情の意を汲み取ったからだ。
口を閉ざしたまま頷く私。
「なるほどね…相手は天涯孤独な稚魚一匹。それも旦那にとっては幸運ね。捌くのに、躊躇が要らないから」
麗香は大きなため息をついた後、苦虫を噛み潰したように言う。
「幸運?……天涯孤独が?」
「ここに運ばれた時点で、彼女は助かるか否かの危険な状態だった。そこで天涯孤独な人間を、瀕死の状態から救い出せなかったとしても、誰も文句は言わない。術中死でも術後死でも、それで家族に訴訟を起こされる可能性は極めて低い。……事実を闇に葬ることが出来る。きっと、そこまで計算ずくなのよ」
麗香が淡々と連ねて行く憶測は、憶測であって限りなく推測に近い。
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