消えた真実

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深夜の薄暗い廊下を足早に歩き、シンと静まり返ったオペ室に入り込んだ私達は、通路の途中にあるモニター管理室へ入った。 扉を開けて右側の壁にある照明のスイッチを入れると、広さ6畳ほどの部屋に設置されるテレビモニター設備が、大きな存在感を放って正面に姿を現した。 「えっと……電源はこのスイッチよね。各部屋のモニターの画面切り替えは…」 研修医時代は解剖学を学ぶため何度か足を踏み入れた部屋だが、その後、独り立ちした内科医は滅多に入る事のない局地。 パネルに視線を這わせる麗香は、ブツブツと独り言を言いながら不慣れな手つきでそれらしきスイッチを順に押して行く。 「……」―――私が最後にモニター管理室に来たのは、あの雪の夜。 直江先生に呼び出された私は、今と同じ場所に立って夫と愛人が抱き合っているのを呆然と見つめていた。 目を閉じ、耳を塞ぎたくなる出来事が怒涛の如く押し寄せて、未だ三カ月と経っていないこの悍ましい記憶も、意識の奥底に沈めていたのに…… 真っ暗だった画面が光を放った瞬間、目に飛び込んで来たあの衝撃が蘇り背中に冷気が走り抜けた。 「何番のオペ室かしら。開腹と開胸だから5番か6番か……」 麗香は『手術室5』と書かれたスイッチを押す。しかし、そこに映しだされているのは暗闇と、非常灯が放つ極僅かな灯りに照らされる麻酔機。 「……麗香、7番を押して」 不気味に浮かび上がる精密機械に目を置いたまま、私の口が低い声を漏らした。 「え、7番を?……分かった、7ね」 順を辿って6番のスイッチに指先を向けていた麗香は、それまで黙りこくっていた私の顔を一瞬見た後、コクンと頷いてその隣のスイッチを押した。 パッと、画面が光を放ち人の姿を映しだす。 「アタリね。――でも、何で分かったの?」 「……根拠はないの。何となく……曰くつきの部屋だから」 「曰くつき?……ああ、なるほどね。それ、聞かなくても解っちゃったわ」 麗香は私の顔を見つめ苦笑いを浮かべると、画面に視線を戻して音声のボリュームのダイヤルを回した。 私の視界に映り込むのは、全身緑色の布に覆われてオペ台に横たわる肉塊と、その周囲を取り囲む五人の医師。そして、その間から顔を覗かせる機械出しナース二名と、外回りナース二名。麻酔科医一名。人工心肺を扱うME一名。
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