消えた真実

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―――――― ――――――午後1時。 私はベッドの横に置かれたパイプ椅子に座り、目の前に横たわる静止した体を見つめている。 閉ざされた空間を埋めるのは不動の沈黙。 無機質な音となって耳に流れ込むのは、心電図モニターが発する冷たい心拍音と、機械で強制的に換気される呼吸音。 人工呼吸器に繋がれた楓の横顔に視線を置いて、気怠い体を椅子の背もたれに預けて重いため息を落とした。 「――亜紀、やっぱりここに居たのね」 病室の扉が開かれた直後に入り込んで来た声。 「……うん。午前中の検査が終わったから」 近づいて来る聞き慣れた足音に耳を傾け、ゆっくりと振り返る。 「午後の回診までに時間あるんでしょ?今のうちに30分でも当直室で寝たら?徹夜はキツイでしょ」 「ううん、私は大丈夫。徹夜なのは麗香も直江先生も、今また別のオペに入ってる遼も同じ。それに、未だ神経が高ぶってて眠れない」 「まあ、そうでしょうね。……それにしても、あんな状態で一命を取り留めるなんて、この娘の執念深さは性格だけじゃないのね。驚いたわ」 麗香は私が座る椅子の背もたれに手を置き、彼女を見据えて含み笑いを浮かべた。 楓がオペ室から集中治療室を兼ねたこの個室に移されたのは、午前8時を回っていた。 オペに費やした時間は約11時間。敗北必至を乗り越え止血に成功した後、損傷したその他の臓器の血管を結紮して手術を終えた。 「……きっと、まだこの世に未練があるのよ」 両腕と鎖骨から伸びる点滴ルート。体幹を開通させる二本の廃液ドレーン。喉に差し込まれた挿管チューブ。24時間波形音を放つ心電図モニター。 死の淵から這い上がろうとするその姿があまりに痛々しくて、目を向けるのも心苦しい。 「この世に未練か……本当にそうなら、意識が無いのが幸いね。これ、未だ見てないでしょ?」 麗香は変わり果てた彼女を見る目を細くして、縦に丸めた灰色の筒紙を私の胸もとに差し出した。 「……なに?」 「今朝の新聞。この娘の記事が載ってる所だけを抜き取って、医局から盗んで来たの」 「――住人の目撃情報から、自殺の可能性が高いとして詳しい調査を……」 渡された新聞を広げ、麗香が指を差す部分の活字を目で追いながら読み上げる。
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