消えた真実

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「ナース達が噂を?」 「ああ。そう言う情報がナース達の間で回るのは早いだろ。院内に張り巡らされた情報網は報道並みだ」 彼は私が握る新聞に視線を落とすと、皮肉めいた言葉を添えて苦笑いを浮かべる。 ここ最近で、オペ室から退職したのは楓ちゃん一人しか居ないから―――だから、慌ててERに飛び込んだの? 「……助けようとするのが人間だろ」 「え……」 「俺だって、瀕死の状態を見た瞬間は愕然とした。正直、オペ室に運んでも無駄足になるだけだとも思った。だけど、直江を巻き込めば何とかなるかも知れないと……一縷の望みに懸けた」 「一縷の望みに……」 「その瞬間の感情など、今の俺に説明が出来る筈が無い。俺の手で助けられる可能性のある患者が目の前に居たから。……ただそれだけだ。後は、おまえ達で好きに想像していれば良い。俺には興味のない事だ」 私の目を真っ直ぐに見つめる彼は、堂々とした態度で言葉を返した。 微塵の動揺も感じさせない彼の瞳。そして、落ち着いた声色。 ―――廊下でナースの噂を聞いたと言うのは本当なの? 例え相手が楓であったとしても、瀕死の状態をみた瞬間に人としての情が湧き起こり、ドクターとしての使命感を奮い立たせたと言うの? それとも、本当は楓への愛情がまだ残って―――。 遼は私から離した視線を、ゆっくりと楓の顔に下ろした。彼女を見つめる瞳に纏うのは、悲哀とも憎愛とも言える複雑な色。 彼らしからぬその姿を凝視する私は、乾いた喉にゴクンと唾液を落とした。 「目の前に、俺の手で助けられる可能性がある患者が居たから……かっこいい事言うじゃないの。テレビドラマの撮影中かと思っちゃったわ」 「……ナニ?」 「完全なるリアリズムだと思ってた先輩が、実はロマンティシズムなのには驚いたけど。先輩のドクターとしての熱意は分かったわ。だから、質問を変えてもいいかしら?」 麗香は頬に触れる髪をしなやかな指で耳に掛けると、首を傾げてニッコリと笑った。
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