消えた真実

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目の前にかざした手を血塗れの『はらわた』に差し入れ、まるで泥団子を捏ねるかのように子宮をまさぐり尽くして…… 彼の両手が真っ赤な血で染まって見える。 「人として助けた」と言い切った彼と、目の前に存在する残忍な彼との矛盾に狂気を感じる。 ―――――うっ……。 残酷なシーンが頭に浮かんだ瞬間、胸が焼ける様な極度の嘔気が込み上げた。 「普通じゃあり得ないのはこの女の方。終わった不倫に縋って自殺未遂?……全く以て低俗でくだらない話だ」 手を下した彼はツバを吐き捨てるように言って、つり上げていた目を細くする。 「低俗でくだらないって……こんな状態の本人を目の前にして何て酷い事を―――」 「どんな非難を浴びようが、結果的に俺がこいつの命を救った。それが事実」 「……」 「亜紀。偽装妊娠だったと分かった時点で、浅倉楓はもう俺達には関係がない。悪夢は全て終わったんだ」 悪夢は―――全て終わった? 「何を言ってるの?楓ちゃんはまだ生きてるのに……」 私は彼の鉄のような表情を見つめ、恐怖で声を震わせる。 「確かに今は生かされている。だが、外傷によって心臓に長く停滞していた血液は、やがて幾つかの血栓となり脳血管に飛んで行く。奇跡的に意識が戻り呼吸器が外せても、後遺症によってもとの姿には戻れない」 「……多発性脳梗塞」 「そうだ。梗塞部位や範囲によっては言語や運動、思考力。理性と人間らしさまで失うかも知れない。―――目覚めた時には、一日中ぼんやりと空を眺める認知症の婆さんみたいになってるかもな」 機械の力で命を繋ぎ止める彼女に視線を落とし、彼は苦笑いを浮かべた。
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