消えた真実

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「―――あ。今すれ違った子……」 不意に麗香が後ろを振り返り、ポツリと声を漏らした。 「えっ……」 それは丁度、いま私が放とうとしていた言葉。驚いた私は大きく目を見開いて、麗香と同じく遠ざかって行くその後ろ姿に目を向ける。 「麗香、あの子を覚えてるの?」 「ええ、だって昨日ERに来た子だから。楓をオペ室に運ぶ直前に、ナースが一人駆けつけて来たって言ったでしょ?今日は私服だったから一瞬気づかなかったけど、間違いなく昨日の娘だわ」 「そう、あの子が……。楓ちゃんのお見舞いに来たのね」 私達が歩いて来た方向へ進んで行く彼女の背中。 「―――ん?今、亜紀は『あの子を覚えてるの?』って私に聞いたけど、どういう事?」 その姿が楓の病室の中に消えた時、麗香が思い出したように言って私の横顔を見る。 「あの子、オペ室のナースよ。私と麗香が一緒にいる時に廊下で会話をした事がある。研修会の後だって言ってたかな…あの子と楓ちゃん、あと数人のナースと渡り廊下でバッタリ会って」 「渡り廊下でバッタリ?」 「その時の楓ちゃんを見て麗香が言ったのよ――『メイクが変わったから男が変わったんじゃないか。以前とまるで雰囲気が違う』って……」 「――ああ!思い出した!亜紀が旦那と食事に行く日の夕方ね。そう言えば、妙にテンションの高いオペ室ナース達に亜紀が絡まれて……そうか、あの中の一人だったんだ」 麗香は唇を窄め、記憶を辿って何度か頷いた。 ―――あの日、楓が私に向ける憎しみを未だ知らなかった私は、彼女が放つ違和感の意味も解らず、狐につままれたような顔をしてその場に突っ立っていた。 そこに割り込んできたのが、「もしかして!心臓外科の宮坂先生の奥さんですか?」――興味津々な視線に添えられた声。 その声の主こそ、今すれ違ったショートヘアの彼女。楓の直ぐ真横に居たせいか、唯一、彼女の顔と声だけは薄っすらと記憶に残っていた。 ――――「彼女の名前は、島谷めぐみ。以前はオペ室ナースだったけど、この春から婦人科病棟に異動した。おそらく、浅倉楓と最も親しかった人物だよ」
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