3月10日…お久しぶりです。

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「……うんだ……違うんだ……違うんだ…………だけなんだ……」 私が声を掛けると、Aさんは天井を見つめたままブツブツと話し始める。 その声は小さくて、モニターから流れる心拍音で消されてしまうほど。 「えっ?……何ですか?」 私は首のガーゼを抑えながらAさんの口元に耳を近づけ、その掠れた声を聞き取ろうと耳を澄ませる。 「……違うんだ……こんなつもりじゃ無かったんだ…… 僕はただ助けたかっただけなんだ…… 助けたかっただけなんだ……違うんだ……違うんだ…… どうしてなんだ…どうしてなんだ……」 私の聴覚が捉えたのは、呪文のように繰り返される不気味な言葉。 「……先生、どうやら自殺したかった訳じゃ無いみたいですよ」 「えっ、Aさん今なんて言ってたの?」 「こんなつもりじゃ無かったって。誰かを助けるためにやったみたいです」 「はっ!?誰かの身代わりになって首を切ったってか!?」 手首には、それ以前に付けられた無数のリストカット痕がある。 自殺企図に間違いは無い。言動もおそらく幻覚を見ているのか、自分の世界にどっぷり漬かっているのも間違いは無い。 ――――と、思いつつ。 「あっ!分った!誰かを助けるために誰かにやられたとか!好きな女の子がナイフ持った悪い輩に絡まれてて、助けようとして刺されたとか!?」 勤務中であろうとも、無意識に頭の中で自分好みのシナリオを暴走させてしまう。 「おおっ!それかっこいいな!って、そんな訳ないでしょ!またそうやって妄想に突入して」 先生は縫合しながら呆れたように苦笑する。 「すみません、そう言う性質なんで」 Aさんにも「不謹慎なナースですみません」と心の内で謝罪したその時、 「Aさんの実家は熊本で、こっちには身内が誰も居ないそうです!」 付添人から情報収集をしてきた加藤さんが、焦燥感を露わにして処置室に飛び込んできた。
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