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時間はもう直ぐ深夜0時を回ろうとしている。
昼間から戦場の様な慌ただしさが続いた外来が、やっと落ち着きを見せる時間帯だ。
「そうか、良かった。こっちはあと10分くらいで終わりそうだから」
点滴の電解質溶液と混ざり合って、Aさんの体内に届いたばかりの血液が送り込まれていく。
「もう大丈夫ですね」
Aさんの命を繋ぐ血液の流れを見て、私と同様に加藤さんが緊張の糸を解く。
「うん、もう大丈夫。助かって良かった…本当に良かった」
そう言って、私は肩の力を抜いて加藤さんに安堵の笑みを返した。
「Aさん、手術は無事に終わりましたからね。体に掛けてあるシートを外しますよ」
笑みを浮かべながら、私と矢田部さんが血液の付着したシートの両端を持ってゆっくりとシートを剥がしていく。
天井を見上げるAさんは視界を明るく照らす照明を見て、トンネルから抜け出した時の様に眩しそうに目を細めた。
「大丈夫ですか?分かりますか?」
矢田部さんがAさんの顔を覗き込む。
「……はい、分かります。大丈夫です」
Aさんはゆっくりと目を矢田部さんに向け、ポツリポツリと答えた。
「Aさん、手は動く?首に巻いてあるガーゼを自分の手で触ってみてよ」
坂上先生はオペ着のガウンを拭ぎながら近づいて、感覚に異常が無いかを確かめるためにAさんの右手をツンツンと突っつく。
言われた通りにAさんはゆっくりと手を上げ、首に巻かれた分厚いガーゼに指を触れる。
「君が自分で切ったここ、しっかりと血は止まったからね。このまま数日入院して貰うよ。心療内科の先生にちゃんと心のケアもして貰おう」
外来に戻るため周囲の機材を退かしながら、私達はAさんに話をする坂上先生を安心した目で見守る。
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