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「でも兄さん、よくあの怪我から投げれるぐらい回復しましたね。病院の先生からは昔のように投げるのは無理と言われていたのに」
「まあな。それについて自分なりに調べてみたんだが、どうやら中学の時の投げ方が合ってなかったみたいなんだ。少しフォームを変えたら痛みも出ないし、昔ぐらいの球威も出るようになったんだよ」
「そうでしたか。投げる時、違和感があったのはそれだったのですね」
海の言葉に俺は少し驚いてしまう。確かにフォームは変えた。しかしそれは、サイドスローやアンダースローに変えるほど大掛かりなものじゃなく、元々オーバースローだったのが微かにスリークォーター気味にしただけの変化なのだ。
それも数度の角度ぐらいなもので、感覚的に違う程度のものだ。
同じチームで毎日のように見ているチームメイトならまだ知らず、下手すれば年に数回しか対戦しないバッターなら気付かぬぐらいの変化。
それを海が見抜いていたのである。
「そんなに兄の事を見て……」
「自意識過剰も度が過ぎると恥ずかしいものですよ兄さん」
そういうわりには海の顔は少し赤みを増していたのを俺は見逃さなかった。
「それでも指先をやっちまったからな……肩が奇跡的に回復しても無駄に終わっちまった……」
頭を強打した後遺症で俺の右手には軽い麻痺が残った。約半年が過ぎ、日常生活には支障は無いが試しに数度ピッチングをしてみたが、納得のいく球は投げれなかった。
それは俺のピッチャーとしての終焉。
この指先では繊細な感覚を必要とするピッチャーは不可能であったのだ。
肩の回復だけでも奇跡なのに、この上指先の回復という奇跡など起きようもない。
そこまで甘くは無いだろう。
だが俺は今となっては後悔していない。正直、怪我して直ぐは後悔というより自分の人生を呪ったものだ。
どうして俺が……どうして……と
それでもこの怪我のおかげで海が怪我をしないで済んだ。ましろが怪我をしないで済んだ。
その代償としてならば、決して高いものじゃないだろう。
そう本気で思っていたのだった。
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