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ただ暴言を吐き立ち去っていくましろを俺は睨んだまま見つめる。
「とても危険な目付きですよ兄さん。これでは私はお母さんのように脳外科医を目指さなければいけないじゃないですか」
「どういう意味だ?」
「言葉通りです」
つまり将来俺が脳外科にお世話になると?誰にも迷惑をかけないように海が執刀すると?
嬉しいような悲しいような……涙で俺の視界が曇りだした。
「それは半分冗談ですが」
「それでも半分!?」
「はい」
なんと素敵な返事だろうか。一片の曇りも無い返事に俺の視界は更に雲って行く。
「私自身、何科に進むべきか目標はありますが、実際に勉強や実技の上で一番身の丈に合った科に進みたいと思っています。出来れば長年の念願である事へ繋がる科へ行きたいのですが……」
海の言う「長年の念願」が何なのかは分からない。ここまで話ながらも濁した言い方をするという事は、これについて海は答えてくれないだろう。
それぐらいは長年一緒に暮らしている兄妹だからこそ分かっている。
だから俺は何も聞かないでいた。
そんな俺を一目見てから海はすくっと立ち上がる。
「話が長くなりましたね。私、皆さんの所に戻りますね」
「お、おう」
そう言って海は俺を残し一歩足を進めた。そしてそこで立ち止まり、俺に背を向けたまま言葉を発する。
「瑞希元会長には言葉があって私には無しですか?」
少し背を丸め、もじもじと身体を左右に揺らす海。顔は見えなくともどのような表情をしているかなど丸分かりだ。
そして、どのような言葉を求めているのかも。
「海なら大丈夫だよ。絶対、望む道を進めるから。この兄が保証する!」
「兄さんに保証されると不安になりますね」
そんな憎まれ口を叩きながら海は顔だけこちらを向けた。
憎まれ口にそぐわぬ笑顔。
逆光の中見えたその笑顔は、今まで見た事のある海の笑顔の中で一番輝いていた笑顔だった。
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