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◆
翌日も桜子様はメイドを叱りつけて。
「桜子、流石に酷いのではないか。母上の耳に入ったら」
と、兄君の龍彦様が部屋を覗かれました。ちょうど折檻を遮られた桜子様は、口を尖らせながらも興味を失ったようで、縫い針を乱暴に針山に戻されました。
「何よ、お兄様が隠していらっしゃる臙脂色の箱の中身に比べれば」
これには龍彦様が言葉を無くしました。
「伊藤とかいう画家の責め絵に、女優のブロマイドを張り付けて。
あんな清純な顔の………」
そこで、ふっと何かを思い出したように唇を噛み締めました。
桜子様の不機嫌の理由は清純な容貌の
先輩、谷沢 瑠璃子様のことだったのでございます。
瑠璃子様は心根も美しく下級生から慕われていました。桜子様が廊下で教本を落とし、さらにそれが悪意の墨で書きなぐられているのに涙を浮かべて慰めて下さいました。
それをきっかけに桜子様は瑠璃子さまに猫の子のように寄り添うようになりました。
子猫といえども獲物を仕留めるには狡猾な爪を出します。
ええ、教本は桜子様の計でした。
そうして桜子様は「可哀想な甘えん坊の下級生」という爪痕を確かに瑠璃子様の心に刻みました。
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