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いずれにしろほっとした。
これでゆっくりと昼ご飯を食べることが出来る。
「あれ……何ですか?」
去って行く後ろを見送りながら、彼が呟いた。
「誰ですか?」ではなく
「何ですか?」
と聞いてくる辺りが、彼女らに持った印象を物語っている。
「女子高生。ちょっと絡まれてた」
「本物?」
「やっぱり? そう思った? だよねえ。でも化粧する前はちゃんと可愛かったのよ」
「へえ」
解せないというように首を傾げ、こちらを向いた顔が笑っている。
いい笑顔だ。
だけど名前が思い出せない。
こちらも笑顔を返しながら、必死に名前を思い出そうと記憶をひねくり回す。
記憶力はまだ衰えている自覚はなかったが、ちょっと難しかった。
多分顔を見るのは二年以上ぶりのはずだったから。
「お久しぶりです、高宮律子さん」
それなのに彼の方は、実にすんなりと律子の名前を呼んだ。
「お久しぶり。ええと、……ごめん。名前なんだっけ?」
ここで知ったかぶりをしても仕方がないと、観念して尋ねることにした。
「塔野です」
にっこりと笑いながら名乗られ、ああ、と思い出す。
「そう。そうだった。塔野倫宏君だ」
名字が出たら、自然に下の名前も思い出すことが出来て、まだ私の記憶力も大丈夫だったと安心した。
「久しぶりだよねえ。何してるの? こんなところで」
「お使いの帰りです。この近くの法務局に書類を届けてきたところで」
それを聞いてまた、ああ、と納得する。
彼は経理業務の資格をたくさん持っていたはずだ。
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