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南天に見開かれた虎の目は満月よ。
酒場の軒下には魂を燃やして並ぶ提灯。秋の夜風が朱々と熟した実を揺する。
店の格子の戸が蹴破られ、料理の匂いと酒気を含んだ白い蒸気が噴き出した。追って飛び出た男は威勢のよい喚声を上げて、闇の大口の中へと駆け出した。
その後を怒号を散らしながら、拳に棒やら何やら得物を持った野郎らが続いた。
衆を引き連れて走る様は興行を触れ回る演者の列さながら。
男は一頻り逃げたが自ずから野郎どもに混じり、殴るや蹴るの乱闘をおっ始める。
誰がどいつを叩いているのか分からなくなる中、戯れる童の高笑いのような声が月に映えていた。
恐ろしいものなど何もなく、迷いも一つとしてない。
男は外道の無頼漢。名は、空楽。
武を振るえば如何なる者でもねじ伏せられて、知略をもってすれば切り抜けられない事はない。
周りに人は良く集まってきた。威にあやかろうとする者たちだった。称え、誉めそやかす声に悦を感じた。実などなくてよかった。ただ、上辺の華やかさが心地よかった。
ここが、この世の中心。
願いにも望みにも真はない。何が欲しいのかも分からず、ひたすらに欲しがった。求めればすべてが手に入るものと信じていた。
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