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やい、こら。どういう了見だ。己は家に帰ろうとしていたのに、こんな花群に迷い込んでしまった。
そのようなことを怒鳴り付けると、相手は飛び上がって驚き、頭巾を沼に落としてしまった。
これで気が晴れるはずだった。しかし空楽は眉をひそめていた。
体を震わせながら、空楽を見上げている小さな少女。この沼の色を映したような不思議な目の色をしている。
空楽は少女に見入っていた。塞ぎこんでいた空楽の衣がはためく。少女の指が袖を掴み、恐れながら引いていた。
「あんたは、ここで何をしてたんだい」
空楽は少女に尋ねる。
少女と男は一緒に水際に座り込んでいた。
「俺は、迷ってしまったんだ」
少女は沼の向こうを指差しながら答える。
「父の用事が済むのを待っています。父は、沼の向こうに見える森で薬草を採っています。手伝いをしたいのだけれど、森には獣がいて危ないからとここで待たされるのです。幼い頃から、ずっとそう」
「親父さんは、医者か何かかい」
空楽が問うと、少女はうなずいた。
少女は黙り、森を見つめている。
「何で、そんな顔をしているんだ。待っているのが辛いのかい」
空楽は尋ねる。少女は首を横に振った。
「だったら、具合が悪くなったのか」
少女はまたも首を振った。
「先の事が、怖いのです」
少女はうつむいた。
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