金花と煌めく

7/8

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
空楽は通りを一人、そわそわと歩いていた。気持ちが早って仕方がなかった。 街の真ん中を流れる川には石橋が掛かっている。雨季に増えていた水かさも今では減り、流れは穏やかになっていた。 空楽は、橋の欄干の前でうずくまって花を供えている老人を通り過ぎた。その花の形に空楽の足が止まる。その花の色を空楽は忘れたりしなかった。 空楽は出来る限りの親切そうな笑顔をつくり、老人に尋ねた。 「そいつは、誰に供えた花だい」 老人は抜け落ちた歯の隙間から息を漏らしながら答える。 「いつも世話になっている先生の娘さんにだよ。先月、ここで、溺れて亡くなったんだ」 「じいさん、あんたほどの歳になって、一体、何を教わろうっていうんだい」 問い返す空楽に、老人は顔をしかめ、 「先生は先生でも、お医者の先生だよ。私は、腰が悪いんでね。診療所にいつも、娘さんが飾っていた花なんだ」 空楽の腹の中の不穏の虫が蠢いた。 「じいさん、それは、どんな娘だ」 空楽は声を凄ませる。 「心の優しい子だったよ。いつも、困ったような、悲しむような顔してね。心細そうにして見えるがね、他人のことを案じていたんだ。目で分かる。悲哀の底が、如何に深くて見えなかろうとも、瞳の面は汚れなく輝いていたから」 老人は目頭を押さえた。 「そいつは、なぜ、溺れたんだい」 空楽は、絶え絶えになって言葉を紡いだ。 「川縁にいて、滑って落ちたんだろう、と。流れへ手を伸ばしている姿を見たものがいるんだとさ。引き上げられたとき、手の中には胡蝶の死骸が握られていたらしい」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加