【弐幕】彼方 -First impression-

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「…訳あり、か?」  声をかけると、それは二歩下がって身構えた。明らかな殺気を撒き散らし、身構える。  動物の様な、怯えから来る警戒だろうか。肌を刺激するような殺気を浴びて思わず雅弘の口元が緩んだ。常人なら足元が竦み、それを直視出来ずに目を瞑るしかないだろう。ただ殺される時を待って、その終焉を無限に感じながらただ、脅えるしかないだろう。  しかし、この雅弘と言う男は普通ではなかった。直感的に、これは人の容をした何かだと感じ取りながらも、何もしないことをアピールするように持っていた看板を地面に置き、両手を挙げた。  見ただけで解る無防備、しかしその眼は脅えることも、警戒を解くことも無くただ、雅弘を見据える。 「そこで待ってな、それとも中に入るか?」  言葉にそれは反応しない。しかし立ち去ろうともしないことを確認すると、店の中に入る。  カウンターの奥からミネストローネ用の豚ばら肉のベーコンを取り出し、一センチ幅にスライスした。ゆっくりと表に戻るとそれはまだ雨の中、立ち尽くしていた。 「食うか?」  そう言って、白い平皿の上のベーコンを一つ摘んで見せた。一口、かみ締めると口の中に肉の脂の甘さと、ピリッとした塩気が広がる。 「悪いな、もう閉まったからこれしか摘める物が無いんだ」  そう言って、雨の掛からない店の前の花壇において少し離れた。それは結城を警戒しながらゆっくり皿に近づき、顔を近づけ匂いを嗅ぐと飛び退く様にベーコンの一枚を持ち出し、雨の中で貪った。 「…残りはやるからゆっくり食え」 「…辛い」  低く唸る少女の声。文句を言いながらも、その口に咥えたものは離さないのは余程に腹が空いていたのか? 雅弘はうんと、唸る様な声を上げると「少し待ってるか?」と、言い放った。 「…」  何も言わずにこくんと頷くのを確認すると雅弘は背を向けた。 「そうか。なら、中に入るといい。店を閉めたからな、中には誰も居ない」  その言葉だけ残して、雅弘は店の中に入っていた。
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