【弐幕】彼方 -First impression-

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 ――後ろから、首を掻くか?  少女は思案するが、今はこの人間に従っておこうと結論付ける。そう、少女にとってこれほど都合の良い事は無いのだ。休む場所と食事、今はとにかく身体を休ませる必要がある。――もしこの人間が"少女の姿"に、この様な施しをしている下衆な生き物であれば、その時は噛み殺してしまえば良い。  少女は臆せず、その扉を潜った。  すると一面に眩しいほどの光、思わず光を手で遮ながら眼を細める。やがて段々に眼が慣れ始め、ゆっくりと歩みを進める。  木造のカウンターに椅子が八脚。その奥で雅弘は手馴れた手つきで寸胴鍋のスープを温める。残ったフランスパンをスライスして二人分のスープと一緒にカウンターに置いた。 「こんな物しかないが、腹が減っているんだろう? 食ってくれ」  少女は何も言わず、水を滴らせながら椅子に座ると、何も言わずにパンに手を伸ばした。  雅弘が黙々とパンをスープに浸らせて口に運ぶのを見て、少女は同じように口に運ぶ。少々熱いが、なるほど。いろんな味が口の中に広がり、美味い。久しく人間の食べ物を食べてこなかった少女にとっては、ただただ驚くばかりだ。  さて、この人間…何を考えている。  少女は思案する。男の瞳は、感情をまったく感じさせない程に黒く澄んでいる。それが返って不気味だ。そう、何処か普通ではない。  しかし、それで居てまるで無防備という訳でもない。今襲い掛かれば、手傷では済まされない…そんな予感が頭から離れない。  沈黙を破ったのは、少女の方だった。 「ふぅ…中々に食えぬ奴も居ったものよ…のう?」  こちらの皮肉にも動じない。この距離だ。聞こえない訳が無い。聞く気が無いのか、それとも少女を気にしていないのか? そして訳も聴かない。雅弘の態度は徹底していた。 「今日は泊まって行くといい。身体を洗ったあとで、気休め程度にでも応急処置をする。そうした方がいい」  雅弘が突然口を開き、少女はピクっと身体を振るわせた。全身を布で隠しているが、体中の傷に気がついている。鼻がいいのか。  それとも…このワシが気取られたか? この男には舌を巻くばかりだ。只の人間にしては、『慣れ』が過ぎている。
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