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「…付いてくるといい」
少女の思案を逸らす様に雅弘は立ち上がると、店の奥に入っていた。慌てて残ったパンを口に放り込むと跳ねるように男に着いて行く。
洗面所の奥にある浴場は、隅々まで手入れが施されている。そもそも人間と隔離した少女にとって、その空間が正に異様であったが、雅弘は特に仕掛けてくる様子はないし、すっかり警戒は解いていた。
「此処は?」
「とりあえず手当てする前にその汚い布を外して身体を洗え。…その、なんだ。臭う」
「…は? えっと、なんじゃ、…臭うか?」
山の匂いと同じと思っていたが、明らかに人間とは別の匂いを発していたか?
意外にも男の顔がこんなことで崩れたのがほんの僅かだけ面白いと感じたので、言われるままにぼろ布で作った外套を外した。
全身の傷が露になる。白い肌であろう裸体は泥と血で酷く汚れていた。獣に引き裂かれた紅い無数の切り傷、蟲に噛み付かれた肩に、背中から腰まで繋がる爪傷。血は大量に出血した血は乾いていたが、やはり雨で溶けて大腿から泥と混じった水が流れている。
普通の人間であれば、立って歩く事すら困難であろう其の傷。それだけでこの少女の言葉は妄言で無い事は明白だった。
少女は雅弘に振り向いた。なるほど、その少女はとても整った顔をしている。それでいて、赤色の眼が睨むとそれは背筋が冷たく感じるほどに気の強さを感じた。
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