【弐幕】彼方 -First impression-

8/8
前へ
/28ページ
次へ
 浴びせられる愚痴を気にも止めず、雅弘は手慣れた手付きで花の刺繍を施した着物を帯で止める。身丈は短いが問題ないだろう。  昔におそらく初めて買い与えられた女性物の着物だ。雅弘の育ての親は大雑把な性格であった為、男性物と女性物の区別も無く勧められるままに買わされてしまった思い出の品だった。 「ふむ、中々に良い物だな」  漸く満更でもない顔を見せると着物に身を包んだ少女は、銀色の髪を揺らして居間に座り込んだ。 「傷は後二日ぐらいで塞がるだろう。もう、薄皮が出来ているみたいだしな」 「…あんなもの、嘗めておけば治る」 「確かにそうみたいだな。侘びと言っては何だが、その服はお前にやる。出過ぎた真似をした侘びだ」 「…おぅ。解せぬ奴じゃのぅ…こんな事をしておぬしに何の徳がある?」 「強いて言えば自己満足さ。それ以外には特に理由なんてものは無い」  …一瞬だけ眼が濁った様な気がする。真相はその瞳のように深く暗いまま。少しだけそれが癇に障りながらも、少女はこの一時の休息に身を委ねる事にしたのだった。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加