【参幕】狩人 -The dog-

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【参幕】狩人 -The dog-

 誰もがその闇に眼を閉じていた。その気配に気がついたのは男が先、少女は男の動く気配を感じ舌を巻きながらも身体を起し部屋を出た。 「不運じゃな、ワシなんぞを庇うから…」  男の衣装は、とても戦闘に適したモノだった。動きを制限されない身体をしっかり密着させた厚手の帷子、鉄網のベルトに厚い皮のパンツ。手甲と見紛うばかりのグローブを両手に闇に紛れるように全身を黒に染めた。一際異彩を放ったのが左腕に巻かれた鎖、その先に金属ではない石の様な短刀が左手で握られている。  そして、少女は理解した。この男の身体にある無数の傷。普段は目立たぬ様に長い袖で隠していたが、肩まで露わになると明確に判る。 「ほぉ…これが何か、解るのか」  少女のおどけた声に返ってきたのは、恐ろしく低い声。 「あれは、…お前の客だな?」  その一言で、男からとても人間とは思えない、まるで肌を刺す様な殺気が溢れ還り、少女は眩暈を覚える。 「な、なんじゃ、なんなんじゃっ! お前は!」  身構えようとした瞬間、足元から崩され地面に這わされると、その短刀が首元に当てられた。両腕を膝で固定され、腹の上から男は見下ろす。  妖である少女にとって意外と言う他無かった。何故なら、その動きに対応できなかったのだから。少女は一瞬たりとも気を抜いて居なかった。なのに、その動きが見えなかった。 「もう一度聞く、あれは、お前の客か?」 「…そうじゃ、…最も歓迎できる客ではないがな」  男はその言葉を聴くと、口元を吊り上げさせた。 「そうか…」と確信でも得たように不気味な、苦笑にも似た笑いを浮かべる。 「やめておけよ人間、貴様がどうにか出来る物ではないのだぞ?」 「……果たして、人間がどうにも出来ないかどうか、無残に散らされるだけか、妖、その眼で見るか?」  …やはりそうか、合点がいった。この男は最初から、ワシの存在に気がついていたのだ。ワシが何者で、ワシが何処から来たのか、この男は理解して、何も知らぬ顔でワシに近づき、ワシを餌にアイツ等をおびき寄せたのだ。  少女に、沸々と怒りの様なものが込上げてくる。 「そうか、化かされていたのは、ワシの方か…」  不意にその手が退かされ、雅弘は家を飛び出した。少女も飛び起きると慌ててそれを追いかけたのだった。
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