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空を覆いつくした黒い雲が時折、月の光に反射して輪郭を描く。
雨は止んでいた。既に周囲には雅弘の姿は見えない。この殺気に向かって進んだのならば、と行き先は少女にも理解出来た。
本来ならば、このまま逃げた方が何かと都合が良いのだが、確かめたい事がある。全速力で男の跡を追った。
雅弘は山道に入る前で少女を待っていた。涼しげに、見下ろして「追いかけて来い」と挑発する。足場の悪さを気にもしないで雅弘が谷側に駆け出した。
その進路は明確に、的確に、巨大な殺気を辿って行く。まるで臭いを追いかける猟犬の様に。
少女にとって、屈辱な事だが本能的に、実力的に理解した事がある。
自分が殺すつもりが、いつの間にか殺される立場に居たこと。
幾多の森を駆け抜けた自分の俊足は、この人間を追いかける事で精一杯だと言うこと。
其れ程までに偶然出会ってしまったこの男は人間離れしていた。
――自分が異形ならこの男はなんだ?
いや、考えている場合ではない。気を抜けば見失う。やがて、谷に固まる有象無象の狂気が姿を見せた。
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