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「なんじゃ?」
雅弘は、目をこすりワザとらしく欠伸をする。
「眠いから、もう帰るわ…。明日も朝から仕事なんだ」
「…は?」
呆気に捕られた少女の表情を横目で眺めて直ぐに目を逸らすと雅弘は、面倒そうに頭を掻いて踵を返す。
「あっ、ちょ、ちょっと待て! 人間!」
少女が慌てて雅弘の後ろに付く。その姿は、既に人間の少女そのものに成り代わっていた。
「雅弘だ」
小さく、少女に聞こえるように呟く。少女は、その男をそっと見上げた。
「俺の名前。…出来ればそう呼んでくれ」
「…ふむ…マサヒロ、か。ふふ、解った」
先程の張り付くような殺気も緊張も感じさせない雅弘の気に少女は容易く毒を抜かれる。まるで気を張っていた自分が滑稽で愚かしくも感じる。
そう言えば、こんなにも心を落ち着けた事があっただろうか?
「そういえば…お前の名前…猫又ってのは、名前じゃないよな?」
雅弘が思い出したように問いかけると、少女は其れに頷いた。
「…名前か? ない事も無い。ワシが人間であった時に、父上に頂いた名前はある…が…いや、在った、じゃな。なに、もう八十年前の話じゃ。とっくに忘れてしまったよ」
致し方ない、そんな風に少女は笑った。随分と乾いた笑いであることは雅弘にも理解した。
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