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「そうか、ならミウと呼ぶぞ」
「…み、う?」
「六月の雨は命を育む、その中にいたお前は美しいと思った。だから、『美雨』だ」
何の臆面も無しに、また無表情な賛辞は本心なのか、それとも表情を隠しているのか? 其れは少女にはわからない。しかし、その言葉に違和感は無く、むしろ素直に受け止める事が出来た。
「…良いの、か? 名を貰った猫はお前様のところに居着いてしまうかもしれんぞ?」
「…? 好きにすれば良いんじゃないか?」
「…正気か? とんだお人好しか、…もしかしてお前様は相当に莫迦なのか?」
「…人を貶すのか、泣くのかどっちかにしろ」
言われて気が付いた。少女は、頬を濡らしていた。そっと其れに触れる。暖かい、雨ではない水。其れが涙である事を理解するまで、しばらく掛かった。
「…帰るぞ、美雨」
雅弘の声が優しかった。
涙を拭う事をせず、ただ溢れる涙を感じたかった。猫又として生まれ変わって、涙など疾うに忘れてしまっていた。胸の奥が熱い。――ワシは獣でもあるが人間でも在ったのか。
「…ああ」
幼い容姿をした猫又が男に向けた顔は、やはり少女の様なあどけない笑顔だった。
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