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【壱幕】白猫 -Forest in the Dark-
上弦の月は雲に隠れ、ましてやこの鬱蒼と茂る森の中まで其の光は届かない。
ぽつりぽつりと分厚い雲から雨の滴。次第にそれは乾いた土を湿らせ、足場を悪くしていく。
其の森を白猫は音も立てずに滑走する。自慢の白色は泥と血で酷く変色していた。美しい毛並みは、所々削れ、溢れる血も出尽くし痛々しい程に肉が見えていた。正に満身創痍である。しかし足を止める事は無い。白猫は今を全力で逃げていた。
後方には有象無象の魑魅魍魎。森に響く音は百鬼夜行の成れの果てだ。
白猫は縺れる足を懸命に動かし、遙か後方の追っ手を引き離していた。幸い足の速さでは白猫に分がある。
ましてやこの森の中。力を求め躯が誇大化した魑魅魍魎ではその足を止めることは出来ない。
地面に伝わる音が次第に小さくなるのを感じた。
――逃げ切れる。と白猫は確信する。
肩口の傷が瘴気に触れ、酷く疼く。
しかし、立ち止まっている時間は無い。アレに飲み込まれれば二度と抜け出す事は出来ないだろう。だからこそ、この白猫はこの時、この瞬間を、正に死力を尽くして逃げていた。
『もう十分に生きただろう? 供物に成る事に何故、戸惑う? 何故、拒絶する? 異形の娘よ』
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