はじめの一歩

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「失礼なことをお伺いしてもよろしいでしょうか。」  コーヒーから顔を上げた一がぽつりと言った台詞に、二宮はちょっと意外そうな顔を見せた。 「何かな。」 「部長の席はなぜ総務課ではなく施設課に?」  質問の意図が理解できたようで、二宮は苦笑してみせた。  総務課は激戦区ほどでは無いにしろ多忙な部署で、本来であれば細かいやり取りが必要な部長の席は、総務課にあって然りである。それがこんな辺境の地にあるのだから、復帰初日から一には不思議でならなかった。詰まるところ、何か総務課内に居れなくなるような事情があったのではないかと訊いているのである。 「時実君は中々肝が据わっている。」  飽くまで穏やかな調子で二宮が続ける。 「でも残念ながら面白い話はなくてね、単純に施設課には課長が居ないから、こちらに私が座らなきゃ時実君達の仕事が滞る。総務課に印鑑を貰いに来るのは中々勇気が要るだろう?」  言ってから、ああでも君は前に“シジョウ”にいたからね、と付け足した。  実際この施設課の書類に承認印を押せるのは二宮だけであり、オフィス内に居てもらえるのは非常にありがたいことだったが、一にはそれだけが理由とは思えなかった。施設課は暇な部署なのである。印鑑を貰いに行く時間ならたっぷりあるのだ。
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