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「秋、おめでと」
奏多が秋の顔を見ると一番にそう言った。
「知ってたの?」
「うん、籘から聞いてた」
「ほんとに私だけ仲間外れだったのね」
秋が悔しそうに零すと、奏多がフハっと笑う。
「すみません、警備の関係上場所を移動して頂けますか?」
警備員が秋達に声を掛け、報道陣がごった返す搭乗口から離れた場所へと案内する。秋は丈瑠の姿を捜したが、人が多すぎて見付ける事が出来なかった。秋はそれを気にしながら前に歩く警備員に目をやると、その姿に違和感を感じる。ブカブカのサイズが合っていないスボンに、帽子も大きすぎるのか、前に下がってくるのを仕切りに何度も直すその仕草に、秋は警戒心を持った。
(本当に警備員なのよね?でも・・どうして一人なの?)
「ご結婚するんですか?」
突然、警備員が前を向いたまま話し掛けたので、秋は少し驚いたが、
「昨日ね。入籍したばかりなんですよ」
と、奏多が秋の代わりに答えた。
(この声・・どこかで聞いた気が・・)
「またお前か・・」
警備員が呟く様に言った言葉は、秋の胸をざわつかせる。
(まさか・・そんなはずない!)
秋は自分の足が震え出すのが分かった。
「籘、純一郎・・離れて」
秋は小さな声で後ろに居た二人に告げる。自分の勘違いならそれでいい、むしろ秋はそれを祈った。
「奏多君!」
秋は警備員の最も近くに居る奏多を呼び止める。振り向いて足を止めた奏多に合わせる様に、警備員も足を止める。
(きっと勘違いしている・・結婚したのは奏多君だと思ってる)
「側に来て・・」
秋が泣き出しそうな顔を見せると、奏多が笑いながら近づく。
「どうしたの?あ、丈瑠と離れるの寂しくなっちゃった?」
「あいつは俺が殺したはずなのに・・どうしてまた側に居るんだよ・・」
警備員がゆっくりと振り返る。秋の脳裏に浮かぶ赤い色に、秋は叫んだ。
「奏多君、走って!」
(雪だと思ってる!)
警備員に扮した松原が秋をジッと見詰めていたかと思うと、胸元からナイフを取り出すのが見えた。
(間に合わない!)
秋はそう離れていない奏多の元へ走る。全てがスローモーションの様だった。奏多を突き飛ばし、走って来た松原の前に立つと、
「秋!」
規制線の張られた外側を丈瑠が走って来たのが見えた。
(丈瑠さん!)
次の瞬間、秋は肉を裂く鈍い音と、自身の中に感じる金属の感触に顔を歪める。
「あ~~~~~~~!」
松原の絶叫がこだましたかと思うと、松原は目の前にいる秋の頬を触った。
「どうして!?俺は君を守りたかっただけなのに!」
「秋!」
丈瑠が規制線を飛び越え、崩れて行く秋の体を抱き留めた。
「母さん!」
「秋ちゃん!」
「秋!」
籘と純一郎が秋に縋り付き、奏多が丈瑠の腕の中の秋を覗き込んだ。流れる血が、ゆっくりと丈瑠の服を染めて行く。
「救急車!」
奏多が叫ぶと、何か起きたか分からない報道陣が固まったまま動かない中、上原が慌てて携帯を取り出す。秋は溢れ出す血に合わせゆっくりと自分の意識が遠くなっていくのを感じた。
「秋!」
丈瑠の腕の中で、秋は籘の震える体に触れるとニコリと笑う。
「籘・・今まで・・こんなお母さんの息子で・・いてくれて・・ありがと」
「そんな言い方やめてよ!」
「籘が・・世界を相手に・・戦う所・・見たかったな・・」
「見れるって!」
「・・純一郎」
秋が純一郎に視線を移すと、純一郎が泣きながら秋の手を握る。
「籘との・・コンビ・・もう一度・・見たい」
「見れるよ!これからもずっと!」
「やっと・・お母さんに・・なれたのにな」
「秋ちゃん!もう話さないで!」
秋の口から真紅の血が流れると、純一郎は泣きじゃくりながら叫んだ。秋はゆっくりと丈瑠を見ると、目を細めた。
「丈瑠さん・・私・・幸せ・・・だったよ」
「喋んな!」
丈瑠の目から溢れた涙が秋の顔へ落ちる。
「・・・愛してる」
「最後みたいに言うなって!秋、俺を見ろ!」
虚ろになっていく秋の瞳に、丈瑠は泣きながら秋の頬に触れた。
「4人で幸せになろうって言ったじゃねぇか!秋・・秋!」
秋はゆっくり目を閉じる。
(泣かないで・・最後は貴方の妻として逝ける・・)
秋の意識はそこで途切れた。
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